« 心の叫びをとどけたい | トップページ | 枚方の公民館廃止と有料化の行方 »

2005年11月10日 (木)

悲しい事件

 8日〜9日にかけて文教常任委員会の先進都市研修に行ってきました。先進都市と言いましても、何が先進かは価値観の別れるところですが…。その報告は、また後日に書かせていただきます。
 研修を終えて帰路に向かう際に、枚方の中学生が体育の授業中に倒れて意識不明であるとの連絡を受けました。帰りの新幹線には、偶然にさだ東小学校の6年生達が修学旅行で乗り合わせました。彼らの元気で楽しげな声を耳にしながら、無事を祈って大阪に向かいましたが、大変悲しい知らせが待っていました。
 慰める言葉もありません。ただ、心からご冥福をお祈り致します。

中身は違いますが、相次ぐ悲しい知らせが続き、なんとも言えない思いです。

シンポジウムの報告を書きたいと思いながら、先延ばしになっていました。
シンポの中心の中身は「少年事件の背景から何を学ぶのか」ということですが、 報道のあり方についても、朝日新聞の記者さんは「事件報道の手引き」から少年事件への取材姿勢についても説明をしていただき、事件と軽度発達障害の関連性やその報道のあり方についても、会場からの質問に答える形での意見交換がされました。

各記者からの報告は、「なぜ事件をおこしたのか」その背景と課程を新聞に書ききれなかった部分も含めて振り返る中身でした。長崎新聞の記者さんは、背景の課題についも本当に良く勉強されてましたし、いずれの報告も誠実に事件と向き合う姿勢を感じました。そうした報告の後に、「こうした事件から何を学ぶのか」…深く背景を検討して、これらの事件はある地層で深くつながっているのではないか。どこで起きてもおかしくない問題ではないかということを広木先生は、はわずか10分あまりの間にダーッと話されました。とても深いメッセージを残してくれたように思います。

先生のお話の内容は、勉強会の中身とあわせてボチボチと報告したいと思いますが、印象に残った点だけ紹介します。

事件をトータルで見ると共通する二つことがある。一つは、教育熱心な家庭だったということ。今日における家庭の問題がある。1970年代から親が鬼のような教師となる「教育家族」が誕生した。高校に行くか行かないかの選択の時代から、ほとんどの子どもが高校に進学するようになって、どの高校に行くのかに変わった。そうした中で、育った子どもが現在の親となりさらに濃縮した「教育家族」をつくっている。
 
 これだけ書いても、あまり伝わらないと思いますが、私としては特に印象的でした。「教育する家族」の話は、東大の広田先生がされているということで、紹介をされていたんですが、偶然にも研修で同行した教育長が新幹線で読んでいた本がそれでした。「日本人のしつけは衰退しのたのか…「教育する家族の行方」です。思わず、ちょっとお借りしてざっと目を通しました。

 中教審でも「家庭教育をもっと充実させよう」という方向が打ち出されている。いろんな事件が起これば家庭のしつけがと言われる。そんなに、現在は家庭のしつけが衰退したのか。過去から比べると、今ほど、しつけも教育も家庭が担うべきとされている時代はないと、詳細な資料で家庭のしつけのあり方の変容が述べられている。

ー子育ての専門家は、親切めいたアドバイスをしながら、その裏側で「しつけに失敗したら大変なことになるかもしれないぞ」といった隠れたメッセージをたれ流している。失敗は許されないのだ。「子どもがどうなるかは親次第だ」という観念が支配する現代においては、子どもの人生の失敗がそのまま親としての無能さや人格上の問題を示すものとなりかねないからである。こう考えると、親が子育てに熱心になることができる現代は、同時に常に不安にさいなまれながら子育てに熱心にならざるをえない時代でもあるということ。ー

しかし、…。と続く一文ですが、現在の子育てのしんどさを良くあらわしていると思いませんか。「家庭教育の充実」の方向が、さらに家庭を追いつめることのないようにと思います。

もちろん、親の思いはそれだけではないとも思います。少子化の時代、とにかくかわいい我が子が将来にわたり出来る限り苦労しないように、その思いで接することが、今を生きる子どもにいい知れない圧力と条件付きの愛を感じさせているのかもしれません。
 子どもを守ろうと思えば、そうせざるをえないような社会の有り様、教育システムに目を向けなければ…と感じます。

|

« 心の叫びをとどけたい | トップページ | 枚方の公民館廃止と有料化の行方 »

コメント

毎週のように何か起こる枚方市・・・ごく普通に暮らしてるはずなのに何か巻き込まれていきますね。今回の事件も授業中ではなく忘れ物を取りに帰ったときに転倒したとか・・・学校の安易な管理体制に問題があるのでは?様々な話がすぐ飛び込んできます。ほんとに真実を知ること、知らせることのむずかしさを実感してます。

投稿: megmew | 2005年11月11日 (金) 03時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/141391/7022511

この記事へのトラックバック一覧です: 悲しい事件:

« 心の叫びをとどけたい | トップページ | 枚方の公民館廃止と有料化の行方 »