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2005年11月18日 (金)

カネ・カネ・カネ…

今夜は府市政報告会を行いました。
ひさしぶりに黒田府会議員の府政報告をまとまって聞く機会となりました。
枚方の教育委員会が公民館の廃止を決めたその日、大阪府教育委員会は府立高校の授業減免制度の改悪を決めていました。府議会の反応はと言うと、「授業料も払わんやつは退学処分にせよ」なんて言う府議さんもおられたとのことで、大ショック。って言うか、ひどい!

大阪の府立高校授業料を日本一高くする時に減免制度を充実すると言い訳していたのに、なんだっ!!
って、思って聞いていたら、「教育は未来社会の建設費じゃないか」って言う黒田府議の質問に教育委員会は「受益者負担だ」って応酬していたようで…。

 公民館も受益者負担なら、高校教育も受益者負担、なんでもかんでも受益者負担です。
 でも、国際人権規約は、義務教育だけでなく高校も大学も無料にする努力を求めている。
 人が学ぶことの利益は個人だけのものじゃないよね〜。
 

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教育」カテゴリの記事

コメント

 もう、十数年前になりますが、私が旅行業界で働いていた頃、サービス産業に従事者の賃金が製造業等に比べて安く、日本では「サービスはただ」意識が強く、サービスにお金を払うと言う考えが浸透していない…なんて言う話を研修で聞いた覚えがあります。

 今はどうでしょう。介護保険も出来て「サービス」にはお金が必要との意識もすり込まれてきましたよね。第3次産業従事者の状況がどうなっているのか知りませんが、ヘルパーさんなどは、ほとんどパートで時間単価ですから、サービスにお金を払う意識は浸透しても、労働者への還元はされていないように思います。

言葉って大事ですよね。こうして福祉はサービスに置き換わっていくんですから。社会教育もそうだと思います。「生涯学習」という言葉に含ませることによって、教育産業の中に吸収されていくように思います。

私の最近気になる言葉は「自治体経営」です。「自治体運営」と言ってたのに、最近は「経営」です。トップは市長じゃなく社長意識になっちゃうぞ。
自治体の職員は、それぞれが憲法を守り行政にいかす義務をおっていると思います。その立場で頑張ってほしいし、頑張ってくれている人たちもいます。なのに「経営」の立場でのみ意識改革を迫られる昨今です。

学校も、今までは「学級運営」って言ってたのに、「学級経営」って言ってません?

嫌な感じ〜

投稿: hitomi | 2005年11月29日 (火) 21時08分

最近の「受益者負担」が「伝家の宝刀」とは上手く表現してくれました。

少し話がそれますが、受益者負担と同じくして出現してきた、行政の「事業」を「サービス」と言い換える今日に対して、私は危機感を感じています。

何故、行政の事業が「サービス」と読み替えられてきたのでしょうか。
確かに、窓口対応がとても悪かったりで、「サービス精神がない」という事にな
るのでしょうか・・。
しかし、行政のする事を「行政サービス」といってしまうと少し違う気がしませんか・・・???

私は特に感じたのは「保育サービス」のところで、少し前までは保育は「福祉事業である」と言われた考えかたであったのが、「福祉」がとんでしまって
「サービス」ばかりが前面化している気がします。

これが結構、例えば、「ゴミ収集サービス」なんて事業名を読み替えると、
なんだか、さーびす業なので、中身や主旨なんかより、より安く、早く、提供できるところがすれば良いなんて、議論にすりかわっていって当然の様な印象を
受けませんか??

公民館事業も「公民館サービス」って事業名を変えると、より多くの多用なサービスを提供をし、それを受ける事が可能になって、なんだかそのサービスの対価はサービスを受ける人が払う・・。すなわち「受益者負担」の考え方にいきついてしまいます。

どうでしょうか?
なんか「サービス」の定義って違う気がします。
もともと「サービス」っていう捉え方って例えば民間企業が、とっても
儲けたので、その儲けを一部利用者に還元しますよって事とか、
「●●企業50周年大サービス祭」ってな感じ・・。
これだけ買ってくれたら、これをサービス!みたいな。
なので、
ゴミ収集でいうと、一月間ごみを1個しかださなかった家庭には
ゴミ袋サービスみたいな・・・。
公民館だと、3回他団体に希望の部屋を譲ってくれた団体には、無条件で
最優先予約券サービス!!!ってどう?
そこには常にさらなる利益がまっているって印象です。

でも、本当は保育も、ゴミも公民館もいずれの事業も別にもともと利益っていうものは存在しないし、さらなる利益なんてないわけで。。
まして、手話通訳に利益???ん~?
では手話通訳もサービスなんですかね??

本来のサービスの語源とは違うのかもしれませんが、現在の言葉への
印象はこんな感じで利用されていませんか?

なんか、現在、本来サービスではない定義のものを「サービス」と意識的に読み替えられてきて、受益者負担の考え方を浸透させられてる気がする・・・・。
って思ってるのは私だけ???
かな?変かな~私の頭??

投稿: はくの彼女 | 2005年11月29日 (火) 14時12分

 手話通訳までも受益者負担ですか…。一度この道に踏み込んだら、どこまでもって感じです。
 障害福祉と介護保険、医療保険と介護保険を比べ合って負担割合が違うのは不公平だとか、とんでもない方向に進んでいきそう。
 枚方市では、補装具の支給だとかも以前は無料だったんです。ところが、これも受益者負担だって有料になりました。反対討論を本会議でしました。枚方でなら障害をもつ子どもを育てられると思って引っ越してきたお母さんの手紙を紹介して…。でも、多数が賛成して可決しました。
 体の機能を補うために必要な道具を手にする事が受益だと言い切れるのか。市民の多数も本当にそう思っているのか?そう思う人が多数の社会は成熟した人間社会なのか?
 
このままじゃダメですよ、 なんとかしなくちゃね。
 
 
 

投稿: hitomi | 2005年11月29日 (火) 10時57分

 「受益者負担」という言葉、介護保険以来まるで伝家の宝刀のように使われるようになりましたね。「受益者」とは誰なのかという事をもっと深く考えるべきだと思っています。子どもが減って、もはや大学までもがほとんどの子どもがいくという社会で、教育の機会保障をどこまでするのかというのは国の将来をどう見据えるのかという事と同義ではないでしょうかね。
 「障害者自立支援法」でも、「受益者負担」という言葉で自己負担を強いていますけど、元々公平でない状態を公平(とまでいかないレベルであるのに)にするために受益者負担をという論法は矛盾しているとしか思えません。手話通訳についても、今後自己負担が検討されるようですが、手話通訳の「受益者」って、誰なんでしょうか。コミュニケーションが成立する事で、受益するのはコミュニケーションの両側にいる人が対等に受益しているはずで、聞こえない人だけが「受益者負担だから」といって自己負担を強いられるとすれば、「公平で公正な費用負担」とはいえないと思っています。コミュニケーションは社会参加のためには最低限必要な事で、それすら満足に保障されないという状況になりそうな現状、どうすればいいのでしょうね。

投稿: しま | 2005年11月29日 (火) 00時17分

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